毎日がクリスマスであるように
週末や連休になると
自分が休みというだけでなく
街全体がなぜか穏やかに
感じられたりしたことがあるかもしれない
空気が落ち着いていて
優しい光で満ち溢れているようなね
それはあなたが一時的であれ
日頃の問題や苦悩を
「いまは手放しても大丈夫」と
忘れてしまえるからなんだ
わかるかい
あなたが心を解放すると
街や世界のすべてが
そのように静かで穏やかになる
もちろん街の人たちも休みだから
穏やかにみえているんだと
あなたはいうだろう
だけども人々が休みでも
あなたが問題をすっきり手放していなければ
街はそのように穏やかにはならない
あの人いいなあとか
こんなとこで暮らしたいな
という羨ましさはあっても
やはり至るところで
殺伐とした光景が飛び込んでくる
日曜日のショッピングモールで
明日からの会社の一週間を考えていれば
そのうんざりする視界には
イライラした様子で子供を連れてる人の姿がある
唯一の気休めは
あの人も苦しんでいるだという”集団意識”だろうか
だがあなたが自らの問題を忘れてしまえば
その人の見えかたは
まったく違うものになるんだ
同調し合っていたその”集団”とは
なんだったのだろう?
それはクリスマスも同じ
自分だけが惨めだとか
そうして抱えていると
“聖なる夜”にはならないんだ
死から再生へ
ところでいまは「冬至」であり
キリスト教のクリスマスだけでなく
古代より世界中で祝祭がされてきた時期でもある
北欧民族のユール祭
日本でも冬至の風習が続いてきた
冬至とは1年のうちで
太陽の光に照らされる時間が短く
1年でもっとも夜が長い日のことで
つまり”この日”から
光が徐々に大きくなっていくことを意味する
それは命や豊かさのはじまりであり
植物も動物も眠りの冬を超え
そして春になるにつれて再び目を覚ましていく
暖かい大地には色とりどりの花が咲き溢れ
色彩豊かな風景のなかで動物たちは駆け回る
すなわち冬至とは1年が終わって
新しい1年がはじまるポイントであり
死から再生への象徴的な転換点にある
だからこそ
キリストの誕生を祝ったり(誕生日ではない)
また豊穣祈願をしたり
今年の感謝と新しい一年の抱負を掲げに
神社へお参りしたりするんだね
永遠の生命
“その意味”でも
たとえばクリスマスという冬至の祝祭で
自分が惨めであっては
大きな流れに調和していないことになる
とはいえ
「じゃあ惨めにならないように欲しいものを
うまく手にいれなければいけなかったの?」と
受け取ってしまうのはもちろん間違えている
Notes あなたの世界, あるがまま, いま, 奇跡, 安心, 愛, 感謝, 楽しむ, 永遠, 生命
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