使い捨てロボットが意志をもつとき-4

事実世界について考察してみよう。肉体は細胞から構成されているがその領域まで尺度を下げてみれば、つまり生物学でみる世界には「自由」という言葉がないことがわかる。すべてが密接しあい、歯車が噛み合ったように機械論的に、合目的的に関連しあっている様子がみえてくる。細胞が発生したりたり分裂したり、複製を残して原本が消滅していくだけの連続的な世界だけがある。どこにも「自由への欲求」や「感情」なんてものは見当たらない。

またそうした炭素を含む有機物の活動だけではなく、それ以外の無機物の存在もみえてきて「この世」は途端に私たちを置き去りにしてしまう。その事実を前にすれば、日々の用事や人間関係に振り回されている私たちは、単に「思い込みを続けている愚かな者」でしかないことを思い知らされる。

この尺度でみた世界というのは、天変地異だけの世界だ。たとえばヴィーナスと名のつけられている金星の地表は摂氏400度を超え、超濃度の酸の雷雨が吹き荒れている。また気圧も地球の90倍であり、もちろん暮らせる場所ではない。地球が定員オーバーになって宇宙への移住計画が立てられても、ヴィーナスはまず候補から外されるだろう。

だが事実的に金星の環境が存在しているということは、そうした環境で現存する構成要素があるということだ。それらの小さな要素は私たちの感覚からすれば、猛烈な灼熱と腐食性のスープのなかでぐつぐつと煮込まれて混ぜ合わされている状態にある。

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