固執を捨て人の世話をする

病人を看病していたとする
あなたが愛している人ならば
自分の生活は二の次
「あの人のためにできる限りをする」
そう思って懸命に看病をする

大事なことだから
覚えておきなさい

病人があなたの手から離れたとき
あなたには次の「病人」が現れる

それはあなたかもしれないし
他人かもしれない

あなたが親という立場であり
子供を育てている
ある日我が子は社会人になる
あなたの手から離れたのだ

だが子が可愛いからと節介を続けていると
突然あなたの親が体調を崩しはじめる

他への執着を
世界に送り続けているからだ
いつまでもあなたは
他者を介助する世界にいるだろう

それが良いのならばそれでよい

だが家族といえども単なる影なのだよ
そこにあるのは己の執着だけだ
過ぎたものは忘れなさい

執着なくして人を世話するには

望まない
求めない
何もしない

つまりエゴを捨て
世界に溶け合わなければならない

あなたが「自分」を持ち続けるかぎり
人の世話は固執を生み出すものだから

 

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  1. より:

    私は商売に執着がありますが、これもエゴでしょうかね。
    子供の時に友達と商売をして大成功した興奮が未だに忘れられない。

    • -自分- 涅槃 より:

      鯤さん

      執着とするならエゴだが
      もしかすると
      あなたの特質かもしれない

      私たち個人は世界に向けて
      何らかの循環参照をしている

      この現象界では
      それが特技や職業として現れる

      だが、多くの場合
      社会という概念に囚われて
      本来のやるべきことに就いていない

      私は作家でも何でもないが
      ブログでも仕事でも
      あらゆるところでキーを打っている
      ただそれだけが特質なのだ

      なんであれ
      あなたも見つけてみると良いだろう

  2. より:

    自分の特質をビジネス化出来るかどうかと言うのはまた別ですもんね。
    涅槃さんの特質がタイプを打つことや相談に答えることだとしても、今のところ、それでお金を稼がれている訳ではない。
    私も、結局、同じような立場で、恐らく、彫像製作は私の特質の一つだと思うのですが、かといってそれがビジネスになるかは不明。
    でも、ビジネスとして成立しなくても、涅槃さんは、このサイトを運営されているし、高速でタイプをしている。
    そして、我々はそれを受け取って、循環が成立している。
    利益ではなく利他の循環と言うことですね。
    と言うことは、私の彫像製作も、特に利益を狙わずとも、利他の循環として機能させることは出来るかもしれない。
    つまり、作ったら誰かにプレゼントすると言うことで循環は生じる。
    マネーゲームだけが全てではないのたからこれもありかも。

    • -自分- 涅槃 より:

      鯤さん

      >かといってそれがビジネスになるかは不明

      都合に囚われないようにすることだ
      成功や失敗
      それに目を向ければ
      可能性は瞬時に消える

      あなたはビジネスがしたいのかな?
      それとも彫像を楽しみたいのかな、

      例えば何かをして
      それをお金にしようとすれば
      まず破綻する

      「何か」と「お金」は
      まったく別の流れだからだ

      そうではなく
      何かに没頭するから
      世界がそこに靡いてくるのだよ
      当人が”没頭するために必要なもの”が
      集まってくる
      それが人であり
      お金であり、
      つまり循環というものだ

      近いうちにお知らせするが
      本書は一部が有料化となる

      だがそれは金儲けのためじゃない
      ブログを存続させるだけの理由だよ
      単に私が忙しくなるから
      その補填として実施するまでのことだ

      だからあなたの話の趣旨とは
      違うかもしれないが
      すべては自然に流れてきたもの、
      その循環に乗るだけのことだ

      ビジネスになるとかならないとか
      うまくいくとかいかないとか
      そんなことは必要なく

      あなたが自由であれば
      それでいいのだよ

      私も自由にやっている

  3. より:

    彫像を楽しみたいから会社辞めます
    これが本音だけど、(何故ならば、実際、仕事しながら彫像をする余裕はない)
    本音で生きていいのかな。
    彫像に没頭するならば、自然に会社は首になるか、退職することなるし、
    さらに没頭するならば、没頭出来る環境が生じていくのかもしれない。
    没頭出来る環境を作ろうとすると上手くいかない、そうではなく、没頭すると自然に環境が出来ているのだと。
    そう言えば、いままで、没頭出来る環境を作らねば、作ろうとして来たところがある。結果、肝心のやりたいことをやる時間がなくなる。

    • -自分- 涅槃 より:

      鯤さん

      いいかい、
      自然の流れに任せなさい

      “本音”はマインドの罠だ
      蜃気楼を見せているに過ぎない

      ただ待つことだよ
      自分から動くものではない

      没頭するということも
      その環境があるということも

      それは求めて得るものではなく
      自然に”起こる”ものだ

      楽しみに待っていなさい
      あなたにその信念がある限り
      何かしらのカタチで現実化する

      だから自分から動いてはならないよ
      流れに乗るときは自ずとわかる
      乗るときも、
      ごく自然で
      ごく当たり前の様子となる

  4. より:

    執着なくして人を世話するには
     
    望まない
    求めない
    何もしない

    *何もしないがわからない・・・
     半身まひ失語症認識も半分くらいの介護者だから
     表情から読み取っている
     ただそばにいるだけで幸せだ

    つまりエゴを捨て
    世界に溶け合わなければならない
    あなたが「自分」を持ち続けるかぎり
    人の世話は固執を生み出すものだから

    *そばにいて幸せを感じていることもエゴ
     介護者をただ観るっていうことですかね・・
     ものを観る感じでもなさそうだし・・
     わからない
     

    • -自分- 涅槃 より:

      朝さん

      人を世話するとき、その誰かの為に自分自身を見失ってはならないよ。どんな出来事が目の前で起ころうと、あなたの活動がただそこにあるだけなのだ。

      すべてはあなた自身のことなのだよ。それを忘れてはならない。そこには誰もいない。「やらなければならないこと」も存在しない。

      ただあなたがいつもここにいるのだ。自分自身でありなさい。一切の苦悩(幻想)は解き放たれるだろう。

  5. komatta より:

    全て自作自演というのは解るのですが。
    「あなた」が掴めない。
    全身麻酔かけた時が「無」とすれば意識が無いから闇も明もない。映画で真っ暗になれば人生や死をイメージするけど、意識なくした時は色も音も明暗も無いから時間の経過という感覚自体感じないから意識落ちて3万年経っても記憶と辻褄があってたら起きた時、落ちてた時間が3万年だろうが5分だろうと同じ。だけど3日意識無くして起きたら時間の経過はなくとも筋肉の衰えやら体重の増減やら感じて記憶と自動で辻褄合わせるのでしょう。全ては意識のある自分の中のお話。
    悟りであろうと神であろうと体験話であろと家族であろうと。だから全部自分は解るけど。時間が止まっても認識できないんじゃないんでしょうか。
    そして筋肉やら感じてる重力やら保持してる記憶は書いてる私からアクセスできるのでしょうか。
    それに静かな、静かな状態になっても、虚しさも別にないけれどワクワクとか何かやりたいという感覚もありません。

    • -自分- 涅槃 より:

      komattaさん

      全身麻酔により意識がある、ない、という両方も「あなた」の中に起きている。

      単純なことだよ。すべてあなたが体験したことしか起きていない。それ以外は起きようがない。その意味を考えてみることだ。熟考も内に向かうなら瞑想となる。

  6. Aslan より:

    >だから自分から動いてはならないよ
    >流れに乗るときは自ずとわかる
    >乗るときも、
    >ごく自然で
    >ごく当たり前の様子となる

    涅槃さんのアドバイスでしたが、私は、実際に、動きました。
    もはや動かざるを得ないと言うところまで来て「動いたと言うことが起こった状態」だったとも言えるかもしれないけれど
    はじめにアクションを起こしたのは、多分、私のほうです。しかし、その後、非常にうまく物事が展開していきます。人間関係も良くなったし、私自身も毎日が気楽に過ごせて、楽しい。
    自覚は余り無かったが、どこかで、何らかのアクションを起こすと言う流れに乗っていたのかもしれませんね。

    • -自分- 涅槃 より:

      Aslanさん

      自分から動いてはならない、というのは「反応をするな」ということだよ。あなたの内側から流れ出た動きならばそれに従うことだ。すべてがうまくいく。

      だがいいかい。心は常に揺らいでいる。外の出来事にすぐに影響されてしまう。

      どんな場合であっても、自分の内側から流れ出るものを信頼しなさい。それが「世界」なのだよ。

  7. Aslan より:

    人生の苦とは、おおよそ退屈の苦じゃなうかな。新しい風を起こせば、世界はキラキラ輝く。エネルギーもモリモリ湧き出してくる。
    しかしちょっとでも立ち止まると、世界は腐り始める。

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2015.05.04    Notes, 世界辞典