どこまで行っても必ず何かがあるのはなぜか

あなたがどこまで行こうとも
そこには必ず何かがある

家の中のどこへ行こうが
銀河の果てに行こうが
そこには何かしらの風景、音、
肌を伝わる温度、感触、
必ず何かがあるのだ

この当然過ぎて気付かなかったことに
意識を向けるときあなたは実存を知る

つまりこの世のすべては
「あなた」という箱の中なのだよ

 

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  1. 困ったさん より:

    重苦しい空気に包まれているのは変わりないですが一つ、気づけたことはあります。

    いつも重い現実に耐えかねて空を鳥のように自由に舞えたら。背中に翼をつけて高いところから自分の住んでる場所を見渡せたらと。子供のころからよく妄想しました。

    大人になると飛行機に乗る。上空何千メートル、地形が社会の地図そっくりに見えて雲は軽く流れて上から見る景色は絶景です。

    地上にいて空を見上げた時のワタアメのような雲の軽さも布団の綿のようにも見える厚みも見えない。ただ軽い霧のような雲が窓から流れるだけ。
    なのに私の座席に座る空間の重さは地上と同じく変化はない。空高い場所にいても私の考えることはいつも同じ。
    人生についての重さも変わりない。

    宇宙の果てにいき地球の上空、もしくは下側、何兆光年離れた場所でも自由度は感じないんでしょうね。私の肉眼で見渡せる範囲、包む空間は重いまま。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>困ったさん

      その空想と
      目の前の現実

      さて、一体何が違うのだろう?

      あなたが空想をしていたのは
      現実の中で起きたことだ
      つまり現実なのだよ

      現実は確固たるもの
      人はそのように捉えている

      では眠りに入るとき
      死んでしまったとき
      または
      別のことに熱中して
      それを忘れているとき

      どこに確固たる現実があるのかね?

      あなたに起こるイマジネーションは
      あなたにとっての事実だ
      それを忘れないようにしなさい

      あなたは飛べる
      だが思考で飛ばないことだ
      それは墜落する

      何をしていても
      飛んでいることを思い出すようにしなさい
      あなたの中のずっと奥の方で
      あなたは常に飛行している

      よく覗きこむのだよ

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