幸せを感じるためのたったひとつの法則

あなたが「ああ幸せだな」と思えるとき
それは実際どういうことが起こっている?

あなたが幸せなのか?
それともその世界が幸せなのか?

例えばあなたがエゴの都合から見て
「良い状態」と思える人生ならば
それはあなたを取り巻く環境が
そのようになっているということ

「悪い状態」と思える人生ならば
同様にあなたを取り巻く環境が
そのようになっているということだ

つまりあなたの幸や不幸、喜怒哀楽、
すべてがあなた以外のすべて、
「あなたを取り巻く環境」で決まる

あなたは単に世界を受信するしかない
より良い幸福を求めるのは結構なことだが
あなたが幸福になるのではない
あなたを取り巻く世界が幸福になれば
あなたはそれを受信するのだ

だから「幸せ」になりたければ
世界を幸福に導きなさい

あなたが「あなた」と思っているものなど
実在しない
あなたがいくら自分自身を
幸福に向けて努力しても何も起こらない
あなたが自分以外に目を向けたときに
扉は開く

あなたが幸福になったから
「ああ幸せだ」と思えるのではなく
あなたを取り巻く環境、
つまり世界が幸福だからあなたは幸せなのだ

美味しいものを食べたとき
楽しい出来事があったとき
恋人ができたとき
欲しいものにワクワクしているとき
動物や自然と戯れているとき
誰かと笑い合っているとき
充実しているとき

すべて起きたものを見ているしかない
つまりあなたなど最初からいないのだよ
そういう状況=世界があなたの幸福なのだ

「あなた」は受信機である
どんな時でも世界に幸せを見るとき
あなたは常に幸せに包まれている

すべてが「あなたの思える幸せ」となるように
行動する、思考する、願う、祈る
要は「自分」を最初に
持ってこないということだ
それだけで簡単にあなたは幸せを掴むだろう

そうして日頃の自分はありもしない幻想であり
世界が自分であることに気が付くのだ

 

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コメント・質疑応答

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  1. より:

    不機嫌な家族や恋人と暮らして自分だけ幸せと言うことあり得ないですからね。
    家族や恋人を不機嫌にした自己責任かもしれませんが。
    すかしその家族も環境の反応として不機嫌になったりしている訳ですな。
    もし貴方や私が不機嫌だったり鬱だったりしたばあい、ろくでもないものに囲まれているのでしょうか。
    それとも私のマインドが勝手に周囲をろくでもないものとみてるからそうなっているのでしょうか。
    マイケル・ジャクソンは父親から虐待を受けていたそうですが、それってマイケルが産み出した虚構であり、本当はマイケルが幻覚を見ていたのでしょうか

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん

      ひとつ伝えておこう
      人に良い思いをさせたいならば
      まず、自分が良い思いをすることだ

      すべてあなたの中にいる人々なのだ
      それを忘れてはいけない
      あなたがハッピーならば
      あなたの関わる人々もハッピーとなる

      だがあなたは自分と他者は別だと考えいてる
      あなたが苦労していたら
      きっとあの人も大変だ、と妄想する

      違う

      あなたが幸せになれば
      みんなが幸せになる
      臭いことを言ってるわけじゃない
      全部あなたという空間で起こっている現象なのだ
      あなたというグラスがピンク色ならば
      中の水はピンクに見える

      見ているのはあなたしかいないのだよ

  2. より:

    では私は好きなように生きたいと思います。そしてハッピーな人になります。
    我慢して我慢してやりたくないことをやる人生は周りも苦しめ自分も苦しい。
    しかしいつも二つの想念が起きます。
    一つは上記のように「好きなことをやりなさい。」
    一つは「苦しいことから逃げるな。」
    自分さんの手記を読んでも「私」は矛盾するこの二つのメッセージをその中に読み取るし、今も常にこの二つのメッセージを背負って生きています。
    今この時にこの二つの観念は常に私の内側に鳴り響き、ダブルバインドとして作用し私を苦しめます。
    好きなように生きることに罪悪感を感じ、我慢して生きることにも罪悪感を感じる。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん
      いいかい、あなたはあなたではない
      その文章を書いているのは、思考だ
      思考はあなたではない
      罪悪感を感じているのも思考であり
      あなたではないのだよ

      さらに言えば
      好きなことをやる、そう考えているのも
      あなたではない

      思考だ
      そこにいるのは思考なのだよ

      だからね、
      あなたは思考を浮かばせている空間のようなもの
      思考の好きにやらせてあげなさい

      思考をコントロールしようとするから
      そのコメントのような悩み事が出てくる

      そうではなく
      「思考に好きなようにやらせる」

      すると
      思考はそのコメントを書かなくなるだろう

  3. より:

    どういう事かわかりませんが最近読んでいた合気道の師範(藤平光一氏)の本にあるように『気が出てる』と唱えると、気持ちがおおらかになり、その瞬間物事がうまく回ります。
    これは自分さんが言う「循環」と関係があるでしょうか?

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん

      気が出てるというのは
      ひとつの解釈だ
      だが何かしらの表現をしなければ
      それは「カタチ」にならない

      例えば萌えアニメのイラストを見て
      パワーが沸いてきたとするならば
      それはそうなのだ
      ヘヴィメタルを聴いてそうなればそうであり
      甘い物を食べることや
      殺人を犯すことでエナジーを感じるならばそうなのだ

      大切なのは
      それらは単なる引き金であり
      エネルギーは自分の中から出てきているということだよ

      これはネガティブな面にも言える
      人に何かを言われて辛い気持ちになる
      それもただのトリガー
      人に何かを言われたこと、それ自体には何の力もない
      辛さはあなたの中から引き出されたものだ

      何も必要がないということ
      または逆に何であっても
      どんなハートをも引き出せるということを悟ることだ

      物事がうまく廻りだすときは
      必ずエネルギー(ハート)が負荷なく放出されている
      あなたが怒るときは本当に怒りを表現し
      喜ぶときは本当に喜ぶ

      そのようにあるがままに生きていれば
      世界は同様にあるがままに廻りだすのだよ

  4. より:

    どんなハートも引き出せると言うことと、あるがままの心で生きると言うのは矛盾してませんか?
    きっかけ(相手、出来事)に左右されずに怒ると言うのはどういうケースでしょうか

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん

      そうではないよ
      すべてあなたが発端であるということだ

      例えば誰かがあなたを挑発した
      そしてあなたが怒りを感じたとしよう

      ここで起こっている事実とは何か
      それは「怒りがあること」だ

      だが怒りとは人間的な解釈に過ぎない
      つまり言葉として表現される以前の
      何らかの形状のもの
      ここではxとしておこう、
      あなたの中でxが起こった
      そしてあなたはそれを怒りとして表現する

      だがね
      あなたがもしそのxを笑いとして表現したならば
      そこで起こるものは「笑い」なのだよ

      なぜ怒りとしたのか
      それは以前の体験を参照したからだ

      さらに追求しよう
      以前の体験とは何か
      実際のところ、過去は存在しない
      あなたにとっての昨日や10年前は
      いま作られた記憶である

      ならば以前の記憶とは何か
      それはいまそこにある思考が持ち運んでいるものだ

      いいかい
      あなたはそこに置いてある思考に
      まんまと騙されている
      これが自分だと
      これが自分の意見だと
      そのように騙されている

      さらにはその思考の裏の裏
      つまり過去の記憶として認識されるものですら
      あなたは自分の過去だとしている

      この話は真実に触れる部分なので
      いずれ手記にするよ

      あなたは自分の思考を疑いなさい
      それはあなたではない

      あるがままの心で生きるというのは
      その場に適応したロスのない流れのことだ
      つまり、そこに置いてある思考を受け取っても
      「受け取った」とすることであり
      思考に囚われるということではない

      思考が怒りを持っているならば
      その怒りを起こさせればいい

      あなたは日頃、「こんなところで怒ってはいけない」とする
      それ自体が思考が思考するという状況
      つまりピュアな思考を表現できていないのだ

      つまり猫がそこにいる
      だがあなたは犬の鳴き声をさせたい

      それと同じことを
      そこで拾った思考にさせている

      そういうことだよ

    • 岩窟王 より:

      自分さんの返信コメントの、この部分が知りたいです。

      さらにはその思考の裏の裏
      つまり過去の記憶として認識されるものですら
      あなたは自分の過去だとしている

      それと、事を起こらせるのは、ただニュートラルでいるだけでいいでしょうか?

      それとも何か周波数を発しなければ、事は起こらないのでしょうか?

    • 自分 -涅槃- より:

      岩窟王さん

      よく持ち出す比喩だがね
      「1+1=」さあ、これはなんだろう?
      あなたは2と答える
      だがそこにあるのは「1+1=」だ

      例えば私の話
      あなたは、自分以外の人が話しているとする
      そして自分の知らない何かがある、とする

      あなたが「自分」を捨てたとき
      同じ状況にあれば何が起こっているのだろう

      それは「2」ではなく
      「1+1=」ではないかね?

      あなたは真実を求めている
      そこに回答を求めている
      だが「問い」こそが、「そこにあるもの」なのだよ

      すべてあなたの中で起こっている真実だ
      だがそれらは何かに変容するものではない
      「2」になるものではない

      コトが起こるとは
      単にコトが起こるのだ

      なぜそんなに不安になるのだろう
      なぜ期待をするのだろう

      そうじゃなく
      コトが起こるのだよ

      あなたがコトの起こりを許すだけでいいのだよ

  5. より:

    確かに私は思考によって怒りを自制しています。
    それは釈尊のこんな言葉を思い起こすからです。

    >怒らないことによって怒りにうち勝て。善いことによって悪いことにうち勝て。(法句経)

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん

      >怒らないことによって怒りにうち勝て。

      釈迦に限らず
      多くの伝導者が似た教えを説いている

      だが、
      >私は思考によって怒りを自制しています。

      それは要点を逃している
      そういうことじゃなく
      怒りという感情が起こったら
      それがそこに置いてあるものとして捉えるのだ

      すると怒りは怒りであるが
      あなたの怒りではないことがわかる
      ただ「怒り」とネーミングされた物質が
      そこにあるだけだったのだとわかるのだよ

      人が苦を背負うのは
      その「怒り」を操作しようとすることだ
      つまりあなたのいう「思考によって自制する」こと

      「思考」もあなたではなく
      そこに置かれているものだ
      怒りを怒りのままにせず
      そこに別の思考で置き換えているということ

      怒りは決して変容しない
      つまり自制している、とは
      別の何かで置き換えたということだ

      なら、怒りはどこへ行った?
      そこで赤い光を放とうとしていた
      その幼い物質は
      光を許されないまま、どこかに置き去りにされてしまう
      つまりあなたの潜在意識の中に留まったままとなる

      あなたという空間はそこにあるものを認識にする
      だがそこにないものも
      意識の奥底が常に抱えてしまう

      例えば怒りを表現させずに
      別の何かで置き換えたとき
      その怒りの影、残像だけが
      あなたの潜在意識に残留するのだ

      いいかい
      「そこにある喜び」をストレートに表現して
      喜びがあなたの空に起こることと

      「そこにない怒り」が引き戻されるようにして
      あなたの空に現れることは完全に質の違うものだ

      その残留化した怒りはもはや原型を留めていない
      幼かった赤子は狂気の子として暴れ狂う
      それがあなたが自制した「怒り」だ

      その子を生かしてあげなさい
      あなたの受け取るもの、
      感情も物も人々も
      すべてあなたの子ども達だ

      「怒り」も純粋な状態は
      とても美しいものだよ

      あなたにとって醜く歪んだと思えるそれは
      あなたがそうさせているのだ
      そのフィルターを外しなさい

      何事もドバッと世界に放出させるよう努めることだ

  6. より:

    それは暴力に対しても?
    私は二十年前に受けた暴力に対してその時仕返しが出来なかった事で未だに苦しんでいます。あたかも戦後の日本がアメリカに復讐戦争をいどまずにいるがごとくです。
    今からでも遅くないからニューヨークを空爆するべきでしょうか?
    あと、確かに私は飲み会とか花見とか雑談の場が苦手です。ライオンから降りられなくなっているからだと思います。

  7. より:

    自分さんが思考をライオンに例えたのは、それが飼い主を食い殺すこともあると言う警告ですね。
    夕方になるとマインドが明日のあることないことを考えはじめて爪や牙を向いてくる。それはもう、生きながら手足を食われるような拷問です。
    マインドの攻撃から逃れるためには腹一杯飯を食らって布団をかぶって寝るしかない。
    そして早起きして念仏を唱えてその間だけ苦しみをわすれる。
    仕事中も余計なことを考えないよう念仏を唱えながら働く。
    (念仏を唱えている間は、思考が働かないから、苦しみが軽減される。)
    しかしなんだこの地獄は。
    ライオンと同居するリスク。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん
      心はあなたを生かすか殺すだろう
      あなただけでなく
      誰もがそのバランスの上に生きている

      仏教はいくつかの地獄を表現しているが
      すべて心の状態のことだ
      釈迦の言う八正道
      それが鍵となる

      あなたが心に惑わされず
      正しく見ること、それができるとき
      世界の真実を知るだろう

  8. ONEPOINT より:

    まさに今現在の私が抑圧した感情から
    手痛いしっぺ返しを食らっている最中です。
    こんなことしなけりゃ人生遠回りをすることもなかったのになあと後悔
    しております。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>ONEPOINTさん
      起こっていることすべて
      起こるべくして起こっていること
      そのように捉えるとき
      あなたは何のミスもしていないのだよ

  9. より:

    onepointさん
    私は恋愛系の出来事を極度に恐れて生きてきましたか、それは、世界に感情をぶちまけるからですね。
    感情は社会性を余り考慮しないので封印する事が正しいとしてきました。
    結果何が好きなのかどうしたいのか自分でもわからなくなってしまう。
    人生が苦しくて仕方がない。

  10. より:

    今度は感情は発散させなければならないとマインドが動き出す。
    マインドによって加工された偽の怒り偽の愛情。
    布団かぶって暫く引きこもりたい。←これが素直な感情。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん
      マインドを見破ることしかないのだよ
      あなたが「マインドとは己の中に浮かぶ現象」と
      そのように受けとれば
      あなたに苦は起こらなくなる

      マインドがもたらす苦悩も愛情も希望も絶望も
      すべてあなたの手のひらの上の戯言となる

      あなたはそのマインド
      そして世界のすべてを存在させている舞台なのだ
      あなたがいなければすべては存在できない
      無論、私もそうだ
      あなたの中で私は存在している

      だがあなたが「あなた」と思うものは
      あなたではない

      ミラーボールをイメージしなさい
      あなたは多くの鏡面を持つミラーボール
      そしてあなたの周囲の人々
      周囲の物事
      それらも多面のミラーボールだ
      それらミラーボールが互いに映し合っている

      あなたはどこかのミラーが映した己の姿を自分自身だとする
      あなたの映した姿を誰かが己の姿だとする
      だがミラーは真実を返さない
      あくまでミラーなのだよ
      そのミラーが歪んでいれば
      あなたは自分の姿が歪んで見える
      ミラーが青みがかっていれば
      あなたは青く見える

      あなたはそうして自分を「こういう人間だ」とする
      だがそれはまったく違う

      あなたは誰を通じても知ることはできない

      目に見えるもので
      鏡に映らないもの
      それは何かわかるかね?
      それがあなただからだよ

  11. より:

    一日中涅槃の書を読んでました。
    在り方を変えて、出来事を起こらせること

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん

      出来事を起こらせなさい
      出来事が起こることを許しなさい

      すべては動いているのだ
      それを止めないようにしなさい

      恐れることはない
      世界のその動きがあなたの動脈なのだから

  12. より:

    事が起こって来ましたよ~
    良いも悪いもなく事が起こるままに起こしてみようと思います。
    普段ならマインドがどのような起こりも握り潰そうとするわけですが、今回は起こるがままに起こせしめようと思います。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>鯤さん

      そう、「良い・悪い」その判断を超えることが
      すべての始まりとなる

      すべてはあなたの中に起こっているものであり
      優劣はないのだ

      起こるがままに起こらせなさい
      その起爆装置はあなたの手にあるのだ

  13. 悠久 より:

    こんにちはー、久しぶりです

    最近、“いちご100%”という漫画を読み、
    切なくてとても胸が痛くなりました。
    読んだらつらいのに何度も読み返してしまい、
    少し引きずってしまったのですが、
    キャラクターが幸せそうなシーンだけを集め、
    それだけを読んでいたら解消できたようです。
    “世界を幸福に導く”というのをここで読んだのを思い出して、
    また来ました(*^-^*)

    涅槃の書と出会ってから半年ほど経ったと思うんですが、
    変化というと、
    何かしようって思わなくても
    気づいたら勝手にどんどん変わっていっていること、
    自分が手に入れようとか思っていた物や出来事は、
    他者や世界の側から働きかけられているように思えたこと
    (ますます自分は無力だと思えるような、王様のような感覚のような)
    あとは、今まで知ってきたことがどんどん繋がってきていたり、
    たぶん心がとても静かになっていっていると思います。
    ふと過去や未来に気が行くと、
    何か目的や欲しい物を定めないと、っていう気持ちになり、
    全然見つからなくなってきて、
    なんだか虚無感のような感覚に陥っていたりします
    やたらと懐かしい記憶が浮かんでは消えて、
    死ぬ前の回想なのかな?、とか思ったり。

    有料会員じゃなかったのですが、
    久しぶりにコメントできてよかったです。
    ありがとうございます。

コメント・質疑応答

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