無意識という闇に意識の光を灯す

あなたが朝会社や学校へ向かっているとき
色々なことを考えているだろう
体は歩いているのに
あなたはそれに気付いていない
今日の予定のこと、誰々のこと、
昨日のこと、次の休みのこと、様々な感情など
そういうことで頭がいっぱいだ
「私はいま歩いている」
そんなこと気にもかけない
それが一番大切なことなのに
あなたはまるで気が付いていない
頭の中を駆け巡る壮大な妄想とストーリーを仕立て
自ら作り上げたにも関わらず、それに囚われる
そして感情を巻き込んでいく
あなたは歩いていない
気が付いたら会社に着いている
ただ在るすべてを何も見ていない
これが無意識だ

いいかね
あなたは歩いているのだよ
足の裏で大地を踏みしめて歩いている
そこに気付くためには
歩いているという肉体の動作を見るのだ
つまりあなたの体が動いている様子を
別の視点から静かに見つめる
観照というやつだね
その視点には思考回路がない
できることと言えば
ただ見るだけだ

頭の中の妄想から離れるには
「いま」に対して意識的になることだ
意識的とは言葉通り
意識をいまに向けているということ
いまに向けるとはどういうことか
それは別の視点からあなたの肉体が感じるすべてを
眺めるということだ

別の視点に意識を置くのだよ
そのエリアは探せば必ず見つかる
一度見つかれば、
忘れたとしてもまたすぐに見つけられる

あなたが何かを見るとき
見ているあなたをさらに奥から見る
これを繰り返していると
自分だと思い込んでいた肉体が
勝手に動いていることに気付く
さらに肉体が見ている風景と
肉体がひとつであることにも何となく気付きだす
風景と視界との関係性だけがあったことに気付くのだ
その関係性が「それ」だ
「関係性」が至宝であり
すべての根源である

だが関係性は必ずゼロになる
だから後で探しても見つからない
まさに「たったいま」それが行われている状態でしか
それは発生しない
あなたが物を見た
そのごく僅かな一瞬にそれは起こったのだ
あなたが見た後ではもうそれはない
あるのは、あなたと物だけだ
関係性はとうに過ぎ去ってしまった
もう消化されたのだ
ただその残骸、つまりあなたと物だけが残された

例えば欲しかった車を手に入れた
気分は最高なのだろうが
最高なのはあなたでも車でもない

その気分は車が齎せたものではない
車はただの車だ
だが人は物が幸せを運んでくると信じている
だから人生の終わりには
ただ浪費だけだったと落胆するのだ

幸せはあなたが生みだしている
車でも物でもない

見ること
常に意識的でなければ気付くことができない
だがその本来のあなたの作用を思い出すことで
あなたの人生はとても円滑になる
なぜならば、あなたはすべてを知っているからだ
最初からあるものをただ思い出すだけなのだよ
思い出せば見えてくる
幸せとか安らぎだとかね

決して求めて得るものでもなく
努力を重ねて手を伸ばすものでもなく
ただ、思い出すだけなのよ
あなたがいま不幸ならば、
それは単に忘れているだけだ
ただ思い出すだけでいいのだよ
その為に無意識から抜け出しなさい

闇から抜け出すために
意識という光を灯しなさい

 

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