シンプルに生きなさい

もし虫が思考も感情も判断も
持たないとするならば
とてもシンプルに生きている

シンプルな生とは何だ?
それは、そのとき目に映るもの
その時聴こえたもの、感じたもの、
それらが常に新鮮であり
人間的にみれば
最高に胸が躍る瞬間を
受け取り続けている
そういうことだ

何かになりたいだとか
何かを守らなきゃならないとか
このままだとこうなる、だとかね
そんなことを微塵とも思わない、
思わないどころか
そういう認識すらない
人間で言うところの馬鹿だ
だが馬鹿とは世間体や常識から
外れているということであり
そこには鎖、つまり苦がない
何も重視しない
何も主張しない
自分をどのように見せたいとか
自分の意見はこうだとか
そんなものはないから理不尽もない

生きていることが至福だから
退屈もない
夢もいらない
世界が常に変化する様が
キラキラして見えている

森があり土があり雨がある
「意味」すら意味することなく
ただ活動を続ける
何の価値判断もない
その大自然に己がいることを
信じる必要もないからシンプルなのだ
世界を信じてすらいない
強烈な主観視野であり
そのレベルでは世界のすべてが己となる

何をしているのか
何をやろうとしているのか

何もしていないのだよ
行為が意識に上っていないのだ
ただ眺めているその体が
全身全霊で「生きる」ということを
ひたすらやっている
別に森や雨を呼び込もうと
日夜努力をしてるわけではない
ただ生きているだけの背景に
その大自然が「あった」のだ

あなたが「どういう人生設計をしよう」とか
「将来これになるためには‥」とか
そんなもの苦以外の何ものでもない
もちろん、そのような世界があるのは素晴らしい
勘違いしてはいけないのは、
あなたがそれを目指すのではなく
あなたが「その世界にいた」のだ

つまり自らの行動に同一化しない
勝手に体と脳がその世界の形成に沿って
活動している、そんな光景を眺めておけばよい
それが「その世界」にならなかったら
それも世界だ
今回の虫の話を思い出しなさい
どうでもいいことだ

眺めるとは自己観照と言われるが
まあつまり、自分と一緒にいる、
それをいつも意識しておけばいい
ここでの「自分」とは本性の自分だよ
その「自分」はいつもその場にいて
あなたの行動のすべてを聞いている、見ている
あなたが友達と食事をしているなら
そのとき「友達」と「自分」と一緒にいるのだ
上司の愚痴を聞いているのなら
そこには「上司」と「自分」がいるのだ

それを忘れないようにしなさい
あなたはそれまでとは違うエリアから
日々を観るだろう

それが根付いてきたら
日頃自分と思っていた自分は消える
その肉体は世界に溶け去っていく
残るのは「あなたという全体」だ

 

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