あなたは王ではなく王国そのものである

心から観る、それは
何かを心から観るのではない
何かの心から観るのだ

すなわち「観る」とは
ただ眺めた感想を述べることではない
そのものになるのだよ

たとえば木を観る
「これは木だ」とか
「立派な幹だ枝だ」とか
それは観念として木を観ている
そこにあるのは木などと
分別されたものではない

そこにあるのは、あなただ

あなたが認識するもの
それはすべてあなたである
あなたの世界にはあなたしかいない
世界があなたなのだ

だから木も花も石も
あなただけの世界に登場するキャスト
あなたの別面なのだよ

とりあえずあなたは
「人間という一面」を認識している
それは主観的な視野であり
主観的な認識が行えるから
当然と思い込んでいる

だがよく考えてみなさい
あなたが何かを主観的に捉えることには
その対象が必要だ
どちらが優位なのかね?
どちらが王で
どちらが従者なのかね?

あなたは主観者である自らを
いままで王としてきた
だから徹底的に人生に苦しみ
のたうち廻ってきたのだ

「私が見ている」
「私が食べている」

だがそれは
「見られる対象」「食べられる対象」
そういうものがあるから
あなたは見たり食べたりできるのだ
それどころか
「見る」「食べる」という定義すら
あなた由来のものではない
そういう行為が起こっていることを
あなたは後で気が付いているだけなのだ

あなたが対象や行為に「気が付いた」だけ
一旦ここではその認識をするのが
人間ボディの役割としておこう
常に受信的だ
では発信側とは何か
つまり、あなたが見るもの食べるもの
そしてそのすべての行為
それらがなければ
人間ボディの存在理由はなくなる
だから優劣も主従もなく
常にイーブンなのだ

木と、それを見る行為と
そして認識する人間ボディ
それらはイーブンの関係であり
つまりひとつの塊である
発信と受信
それぞれ独立したものではなく
交信というひとつを
マインドが分割して認識している

だからそれらをひとつとして意識したとき
ワンネスの扉が開く
そこには「木」も「見る」も「認識」もなく
ただ関係性があるのみだ

いつも書いていることだが
関係性が先にあり
便宜的に木や見る、認識する人間が
マインドの中で発生する

つまり木も人間も
あなたのマインドの産物なのだよ
その外側には物体はなく
ただ漠然とした関係性、
以前の記述の表現ならば
「雰囲気のようなもの」があるだけだ
交信という姿形もなく
始まりも終わりもない何かがあるだけ

さて話を戻そうか
木を心から観る
それは木になることだ
つまりその対象側に意識を移す
やってみればそのうち気が付くが
あなたの人間ボディも
あなたが意識をそこに移しているから
心からその人間ボディを観ているのだ

だから木になるのだ
あなたが木そのものを全身から感じるとき
あなたは木になっている
それが心から観る
つまり「木の心から観る」だ
そのようにして
様々なものを心から観てみなさい
現存するすべてのものは
あなただから簡単にできる

そして行為についても心から観る
たとえば呼吸
呼吸に「なる」のだ
すると不思議なことに気が付くだろう
その人間ボディの中を
出たり入ったりする呼吸
あなたはその呼吸になっている
それはまるで生き物のように
動いている
あなたはいままで人間ボディが
呼吸をしていると思い込んでいた
その誤りに気付きなさい
呼吸になるのだ
呼吸の心から観るのだ

これまでの人生
あなたが何かをしてきたのではない
あなたの世界が動いてきたのだ

そして覚えておきなさい
あなたが何を悟ろうが超越しようが
すべてはマインドの中だ
認識とはマインド
だからあくまで
マインドという立場の上で
「何かに気付く」という表現が
古来より伝えられてきた
呼吸すらも概念だ
そんなものは実在しない
確固たる実在するものなど
何もない

このように解いていけば
悟りも気付きも
ただあなたがマインドで
そのように発生させただけだと理解できる
実際そうなのだ

あなたがそうならばそうなのだ

答えなどなく
あなたの想念、信念がすべて

大切なのはここだ

あなたがどこかへ探し求めるような答えなど
そんなもの最初からなく
「あなたがそうならばそうなのだ」
それが答えだ

だから求めたところで何もなく
「いま」あなたがそう信じていること、
それが世界だ

あなたは王ではない
あなたは王国そのものなのだ

あなたは王国として発生している
半端なスピリチュアルな教示では
人間は認識するために生まれてきたと
書かれていたりするがそうではない

対象と認識、その関係性があなただ
あなたはただ、王国なのだ

いつも感謝しなさい、とか
すべてを受け入れなさい、など
それらはマインドレベル、
つまり人間主観での教え方だが
世界からの主観も交えた
双方向での実践をお勧めする
主客が消え失せ
その関係性だけが浮き上がるからだ

世界と自分との関係性
それが幸福とすれば
あなたの人生は幸福満開となる
そのように世界が動き出す
繰り返すが
世界があなただからだ

すべての心から観なさい

あなたが目の前の蜜柑を見ているならば
同時に視線を受けている蜜柑という
果物そのものになりなさい
厚い皮に包まれ中はジューシーで
オレンジ色で柑橘な香り
そこはとても静かで期待も惑いもない
ただ、世界の中に在る

世界はいつも心踊っている
あなたの気付きを待っているのだよ
至福の中に入っていきなさい

 

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