光の洪水 -我々の本当の姿

ここしばらく続けているテーマから
ひとつの核心を記そうか

あなたが出来事を体験する
出来事はなんでもいい
目の前を美女が通る
愛らしい犬を触る
コップを持つ

それら出来事があなたの世界に起こる
では「出来事」とは一体何なのだろう?

出来事はあなたが
意識を向けなければ起こらない
あなたが意識を向けた先から受信したもの
つまり受け取ったものだ
それが出来事だ

だから「出来事」とは
あなたの受け取った印象、
すなわち感情と言われているものだ

言い換えば
出来事などなく受信もない
ただ「感情」だけがある
それがあなたの中に発生したに過ぎない
突き詰めれば「あなたの中に発生した」すらない
感情こそがあなたなのだ

感情が出来事であり
出来事は後付けの具現化である
つまり、ただ感情があっただけ
だからあなたが生きているその世界とは
「感情の渦」なのだ

物も人もなく
ただあなたが発生している感情だけが
無数に溢れかえっている

いつもの現実パターンはこうだ
感情のひとつをキャッチする
それを言語化する、例えば「可愛い」など
そしてなぜ可愛いかを連想していく
犬だからとか、美女だからとかね

重要なのは
最も最初に受信した「何か」だ

「美女」と認識する直前、
あなたは「ある感情」をキャッチしている
「おっ!」みたいな、
そういう形容できないものだ
その時点ではまだ「美女」はいない
あなたが「おっ!」の理由を創り出す
そこからはマインドの理由付けへ発展する
つまり世界が創られる

つまり「おっ!」だ
それはあなたの思考を経由していない
マインドの理由付けもない
ただ「おっ!」が突然生まれた

コップを持ったとき
その感触が最初にある
そして「コップを持っている」という認識が来る
その「感触」の段階
それは「おっ!」と同じものだ
つまりマインドの認識を介することで
あなたのその物理世界がある

ではマインドが変換する前までの状態
そこには何があると思う?

感情の洪水だ

これはとても重要な記述だから
理解できなくても覚えておきなさい

あなたは一歩も動いていないし
何かをしたこともない
ただ無数の光の点滅のような
そういう波動のようなものが溢れた中にいる
あなたという認識自体もそのひとつだ
右手を動かしたことですら
その印象を生み出し見ているだけなのだ
「右手」も「右手を動かした」もない
美女が目の前を通っているとき
事実はこうだ

「お!」という光がただ在る
あなたのマインドは「おっ!」の理由を創る
そしてあなた好みの美女が視覚化される
※実際は視覚もない

その光の点滅が
人間的に言うところの「感情」というものだ
印象でも雰囲気でもいい
とにかく姿形のないもの

あなたが楽しいとき
心は楽しいのだろう
だが楽しいってどんなものだ?
表現ができないだろう
それが光の点滅のひとつだ
それをキャッチしている

躍動的な感情だけではない
あなたが歩けば
足の裏の感覚がある
疲れるという感覚もある
それらも「感情」だ

つまりすべては光の点滅だけ
それも無数に生まれては消えていく

人の行き交う通りにあるカフェで
腰掛けているとき
様々な情報が飛び込んでくる
多くの人が目の前を歩き
多くの音が耳に入る
そのとき
あなたは無数の光の点滅を受信している

事実を書けば
人も音もない

ただ無数の受信だけがあるのだ
あなたの感情と呼ばれるもの
感覚と呼ばれるもの
その洪水の中に
あなたは在るのだ

あなたの世界のすべては
その洪水の中だ

ひとつの光に
あなたは「これは楽しいものだ」
「これは嫌なものだ」と連想付ける
それがマインドの仕組みだ

だがね、すべて素晴らしい光なのだよ
あなたが思考的に
良いもの悪いものと判別を与えているだけで
それは完全に間違えている

あなたが不幸だと思っている感情
それもマインドが不幸としているだけで
不幸などではない
素晴らしいものだ
だからあなたは常に
「素晴らしい」という中に包まれている

光の洪水の中にあなたは在る

そのすべての光が
あなたの体験していることのすべてなのだよ
不幸などないし
ただ満たされているということしかないのだ

あなたは光の洪水の中に在る
それを体験しなさい
マインドの錯覚に騙されてはならない
もっと本質的にその「出来事」を感じなさい
意味も理由もない出来事の本質、
つまり「おっ!」の部分にどっぷりと浸かる
出来事のひとつひとつを注意深く観察しなさい

その「出来事」は本当に起こっているのかね?
あなたが経験している結果しかないだだろう

生とはただ「あなた」を体験することなのだ
ポジティブもネガティブもない
ただ光の洪水がある

「見る」すら光の受信だ
あなたが部屋を見る
それは「見ている」のではない
光を受信しているのだよ
受信したものに
マインドが「見ている」としている

もう何も怖がることもない
「怖い」もマインドの理由付けであり
そこにあるのは
あなたが生んだ「光」のひとつだ

次回へ続く

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