存在はなんのため?

一羽の鶏が生まれた
卵から飛び出た彼は
太陽を浴び
空気に包まれ
羽を揺さぶる風を感じた
あなたが先日の料理の食材のひとつだ

彼は殺される
そして食べられる
生に憎しむ
世界を恨む

あなたは美味しかった
つまり幸せのひとときだった
ただ美味しかった
それ以外にない

彼は地獄の世界
その生は不幸だった

幸せと不幸

あなたが波乱に満ちた苦労の人生を
歩んできたとする
その姿や話を
あなたの友人は知っている

つまりあなたは
その友人の「知識」のため
あなたの苦労の人生があるのだ
その彼の「苦労している人がいる」
ただその知識だけのために
あなたの何十年にも渡る葛藤、
苦悩、憂鬱、
あなたが生まれ死ぬまで
ただ「彼の知っていること」
それだけのためのもの

あなたは彼の肥やし
彼の体験という養分
ただそれだけのために生まれてきた
彼は体験できて幸せ
あなたはその「誰かのため」に
生まれてきた自らを呪う

さて本題に入ろうか

あなたは多くの人や物、物事、
何かと常に関わっているだろう
すれ違う人でも、風景でもいい
つまりそれらは「あなたのためだけに」
どこかで生まれ、そこにあるのだ
そしてあなたも
多くの人や物事の「体験」のためにいる

この相互の関係性
これを因縁生起という

ここでひとつ考えてみなさい
あなたも、誰かも、何もかもが
「自分以外のため」に存在しているのだ

誰かに用事を頼まれ続けるために
あなたはいる

そこであなたが
「自分の時間がない」
「何で自分がやらなきゃならないのか」
などエゴの主張を立て始めると
途端に苦しみが生まれる

なぜならば大きな勘違いをしているからだ

あなたとは、あなた以外のために生まれてきた
つまりあなた以外が、あなたなのだ

鶏がエゴの視点を持てば地獄だ
世界を呪うしかない
だが先日のあなたは美味しい料理を食べて
幸せだった

この全体性
これが大いなる秩序だ

どこか遠くの南米の地で小さな芽が生まれる
それが陽の光や雨など大自然に包まれて育つ
何十年もかけて一本の大きな木になった
それがあなたの部屋のドアだ

何の変哲もない
特に意識することもなく
毎日開け閉めしているドア

その木にドラマを与えれば
生老病死だ

だが、単なるドアだ

ドアを見るあなたも
単なるあなただ

 

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