マインドが見させている幻想世界

心は物事を
明るく受け取るか暗く受け取るか
そのどちらかを行う
心とはマインドのことであり
つまり人間のことだ

さてここで不思議なことがある
例えばあなたは
「いま高い位置にいるだろうか?」
さあどう答える?
山から見れば低いが
海から見れば高い

唯一変わらないのは
その場所だ
場所は高いも低いもない
何かに対しての
相対的な位置を生み出すのは
マインドである
マインドがすべてを色付けている

物事はただ起こるが
その物事を明るく見ているか
暗く見ているか
その基点となるポジションが
「マインド」とするならば
身長計のように頭に合わせスルスルと
上下している部品がマインドといえる

それは身長でもなければ高さでもない
ただのポジションだ
受け身でありながら対象を判定付ける
自らは何の対象にもならないのに
何かを対象にしてそれを判定する
数字、意味、心、そういった概念が
あなたの王国の悪名高い神官たちである

王のあなたは神官たちから
「王よ、これはこういうものです」と伝えられる
あなたは信じるしかない
本当かどうかすら疑いもしない
だから幻といわれている
あなたの見ているものは幻であり
正しい世界を知らない

心はポジションを常々定める
それはその対象そのものではない
あくまで「見え方」だ

スポーツカーはカッコ良い?
スポーツカーはかっこ悪い?
猫はかわいい?
猫は怖い?

スポーツカーはスポーツカーだ
猫は猫だ

揺れ動くポジションを捨て
そのものを見据えたとき
それが超越となる

あなたは幸福でも不幸でもない
幸福なのはあなたがそうしているから
不幸なのはあなたがそうしているから

だから「幸福になれる」という本がたくさんある
簡単になれるからだ
全部幸福とすればいい
だが幸福とするということは
不幸が定義されていなければならない

高い位置にいるなら
低い位置が必要なのだ
なぜならそこが「高くならない」からだ

簡単なお話だよ
幸福でもなければ不幸でもない
どちらもない
それを悟るだけ
すべてはあなたの「気分」だ
ハイテンションを維持するのは構わないが
やはりローテンションを味わうハメになる

だから「超越」がある
そこに二元対立はない

そのように生きていくとどうだろう
あなたは思考ができなくなる
未来と過去が消え去ってしまう
とても簡単なことだ
「あなたの見解」を物事に与えなければ
よいだけなのだからね

それは不幸でも問題でもない
理不尽でもないし退屈なものでもない
素敵なものでもないし
意味のあるものでもない

すべてに意味などないのに
あなたが意味をつけている
意味という概念
数字という概念
それらがその幻想世界を発生させる要素だ
それらは「そのもの」ではない
何かを相対的に決定付けるためだけの
「考え方」だからだ

意味などつけなくていい
何も比べなくていい
そうすれば自ずと
「いま」に溶けているだろう

 

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