「限界を超える」と宣言して制限を解除する

唱えてみなさい
「私はいまから限界を超える」

あなたが限界を超えるとき
または超えているとき
何が起こっているのかわかるかね
マインドを捨て去っているのだよ

あなたは日頃、自らの檻の中にいる

だけども
3日ぐらい寝ないで荒稼ぎをしてもいいし
スイーツを食べまくってもいい
街ですれ違う異性に
声をかけまくるのもいいし
月曜日は会社へ行かずアフリカに
向かってもいい

些細なことも同じだ
今からコンビニに行ってもいいし
クーラーを19度にしてもいい
朝までゲームに興じてもいい

日頃「なぜか歯止めが掛かる行為」に言うのだ
限界を超える、とね

なぜこうも「限界を超える」とは
ワクワクする話になるのだろうね
日頃できなかった行為をやるわけだ

それも「限界を超える」というひと言で
何でもやってもいい、そういう許可をあなたは下ろす

あなたが心底やりたいのなら是非やればいい
抑えている何かを解き放ちなさい

あなたの人生だ
好きに生きてもいいのだよ

それはそこに起こるべき光景を
許すということにある
あなたが制限解除をすることで
出来事は純粋に流れ込んでくる

例えば店を経営していて
どうしても店頭での呼び込みができない
なぜか?
それはあなたが「できない」としているからだ
理由は何らかあるのだろう
恥ずかしいとか
店がヒマだと思われたくないプライドだとか
何にしろ「呼び込みができないあなた」
それがあなたの個性

あなたはとても小さな事に
「できない」を関連付けている
その小さな事が無数にある
その統合点が「あなた」だ
いわばあなたの個性というやつだ

個性的でありたいとか
アイデンティティに溢れたいとか
自分探しだとか
非常にバカげている話である
それは自らに限界を作り
その檻の中に「はい、私はこの檻の中ですよ〜」と
アピールしているようなものだ

あなたは自由だ
そして何者でもない
だから限界などないのだよ

「限界を超える」とは
「個性を持つこと」の真反対のエリアだ

いつも限界を超えている状態にありなさい
精神状態のことだよ
格好良く言えば、意識の置き場のことだ
なんでもいい
言葉の区分けなど何の力もない

あなたが限界を超えているとき
檻の外にいる
いつでも外に出れたのだ
あなたはそれを知らなかった
檻が心地良いものだと勘違いしていた
それが自分自身であると思い込んでいた
だがその自分自身が最大の苦の元凶であること
それが檻の外に出て初めてわかる

いますぐ出られるから唱えなさい

私はいまから限界を超える

 

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