私が生きてる世界って何?

前回の記事に続き
今回は「世界って何?」を記そうか

最初に答えを書いておけば
世界とは、つまり「あなた」とは
肉体的な感覚を生みだす空間である

例えば風呂に入って体を洗っているとき、
シャワーを浴びているときでもいい、
あなたは足の裏が床を踏んでいる感触を
感じているかね?
このように言われればそこに意識が向くだろう
意識を向けたときにそれが見えてくるのだ
ではそれが見えていないとき、
あなたは何を見ているのか
思考だ

世界とはあなたの足が床を踏んでいる
「感触のこと」だ
足でもなければ、床でもない
それらは感触を生み出すための
お膳立てみたいなもの

その「感触」が世界だ
つまり「あなた」だ

「感触」こそがあなたであり
あなたはあなたを感じるために、
そこにいる

周囲を見渡しなさい
網膜に映像が映る
その肉体的な「感覚」があなただ

多くのスピリチュアル探求者が
行き着くレベルとは
「服」を「布」として見る程度だ

確かに「服」という概念を崩しているわけだから
素晴らしいことかもしれない

だが「布」は本性ではない
布は物質であり、物質は、空間である
空間は「それ」であり、
「それ」はあなたが感じるもの、
つまり「肉体的な感覚」である
つまりすべては「肉体的な感覚」に行き着く
肉体的な感覚とは、
あなたの「認識」のことだ
あなたが認識したものが世界である

なぜ認識するのか
それは肉体的な感覚があるからだ
では肉体的な感覚とは何か?
その目に見えない、物質でもない、
風景でもない、音でもない、
それらの本性である「肉体的な感覚」とは何か?
肉体的な感覚があるゆえに、
創り出されている「世界」とは何か?

それこそが「あなた」だ

脳死の人はどうなるのか、
という疑問が湧くだろう

「脳死の人は肉体的な感覚はない」
確かにその通り

だがね、
あなたはこの記事を認識している
つまり脳死ではない、そういうことだ

脳死の人はあなたの世界の登場人物であり
実在しない
つまりあなたではない

すべてあなたの世界の住人だ
あなたの肉体が滅ぶとき
世界のすべての住人が消滅する
世界の終わりである

だがあなたは滅ばない
肉体的な感覚が滅ぶだけで
その空間である「意識」は滅ばないのだ

死後の世界はあるか?
当然ある
生の世界も死後の世界も、
その「世界」があなただからだ
あなたが熟睡をしているとき
麻酔やショックで意識を失っているとき
あなたはどうなっているんだい?
それが「世界」だ

つまりここが死後の世界だ

世界という空間があなたであり、
その世界が「肉体的な感覚」を
発生することでヴィジョンが生みだされる
意識を失っているとき肉体的な感覚がない
つまり街も人々も支払いも苦悩も
何も生みだされていない

あなたは「肉体的な感覚」という
最高傑作の発明をした

「意識」は、空間に「感覚」が発生するのだ
ただそれだけなのだよ

「空間に感覚が発生する」

感覚が空間を知る
ただこれだけが「あなた」であり
その世界のすべてなのだ

歩いているとき
できる限り、足の感覚、
体の重み、肌で感じる温度など
「肉体的な感覚」を感じ取るようにしなさい
その感覚があなたの生なのだよ
どれだけ不快な感覚が起ころうが、
それが「あなた」だと気付いたら
決して不快ではなくなる

あなたがあなたに包まれていた、
そういう安堵感、至福に
あなたは辿り着くだろう

どこに行こうが、いつだろうが、
あなたはいつもあなたに包まれていたのだよ
不安も恐れもただの幻だったのだ

 

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コメント・質疑応答

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  1. オレンジ より:

    自分さん こんばんは。

    >あなたが熟睡をしているとき
    >麻酔やショックで意識を失っているとき
    >あなたはどうなっているんだい?
    >それが「世界」だ

    一度、眠ってる最中に意識だけが起きたことがあります。
    30秒くらいかな…その状態だったけど、身体中に何かが入ってきて怖くて体に力を入れたらすぐ終わりました。
    金縛りとはまた違った感じで、その後考えました。「毎晩私が寝たあとああいうことが起こってるのか?」と
    で、また再現してみようとしたけれど今のところまだ起きません。
    あれは「世界」なんですかね?

    • -自分- 涅槃 より:

      オレンジさん

      いや、それは違う
      あなたが認識している時点で
      あなたの解釈だ

      金縛りなどもそう

      確かに日常とは違う現象なので
      レアに感じるかもしれないが
      どんなことが起ころうとも
      すべてあなたの「体験」の中だ

      この手記で伝えているのは
      その「体験」が起こる舞台、背景
      そういうものだ

      体験は概念の現れであり
      つまり、すべてフィクションのようなもの
      しかしそれらが起こる背景は実存するものだ

      それこそがあなたの本性であり
      それがあるから
      あなたは生の中にいる

      だからあなたがどんなに苦労をしても
      どんなに嫌な思いをしても
      また、死んだとしても

      それらはすべて単なる「体験」なのだよ

  2. オレンジ より:

    そうなんですね。
    あまりに怖い体験だったので、その瞬間は幽霊かと思ったのですが、後になって睡魔だったのかな?など考えていました。

    >体験は概念の現れであり
    >つまり、すべてフィクションのようなもの
    >しかしそれらが起こる背景は実存するものだ
    でもフィクションと聞いたら、少し安心しました。
    頭の中の思考もそうですが、リアルな体験には翻弄されてしまいます。
    「世界」は体験ではなく、背景なのですね。

    >だからあなたがどんなに苦労をしても
    >どんなに嫌な思いをしても
    >また、死んだとしても
    >それらはすべて単なる「体験」なのだよ
    死は人生の一部、確かにそうなんですよね。
    でもやはり死というものが怖いんですよね。
    一時期、死とか病気がものすごく怖い時期がありました。
    テレビなどで病気がテーマのテレビなどは、今でも怖くて見れません。
    自分さんの手記を読んでいて、死を恐れていてはダメなんだと思い、タグから関係する手記を読み進めています。

    • -自分- 涅槃 より:

      オレンジさん

      >「世界」は体験ではなく、背景なのですね。

      そうではないよ
      世界が体験だ

      あなたの生きている世界とは
      あなたを象徴とするものの集まりとなる
      つまり「あなた」がその象徴の頂点だ

      そして背景とは
      その世界が起こっている舞台裏、
      あなたが思考したり行動したり
      色々な物事が起きたり
      恋人たちがいたり
      そうしたすべてを可能としているもの
      それが背景

      すべてに共通することがある
      「あなたがそれを見ている」いうことだ

      そしてあなたが見ることのできないもの
      つまり起こることのないものがひとつある
      それは自分の死だよ

    • オレンジ より:

      理解しようとして必死になってしまいます 笑

      >そしてあなたが見ることのできないもの
      >つまり起こることのないものがひとつある
      >それは自分の死だよ

      この言葉が衝撃でした。
      死は私には起こらないのですね。
      「背景」と同じで私に意識できる次元でない…
      死は「背景」で死が生を司っているのでしょうか?
      私は死について、生と対局にあるものだと思っていました。
      もし、死が「背景」なら死は二元のものではないということで、死はこの世の陰陽すべてを包み込むものとなりますよね。
      自分さんは、生の対局にあるのは何だと思われますか?

    • -自分- 涅槃 より:

      オレンジさん

      よい洞察を持っているね
      その通り、死の中に生がある

      そして「死」は
      あなたが思っているものとは
      違うということだ

      マインドは死を恐れる
      それは「知らないもの」だからだよ
      ただそれだけの理由だ

      なぜ知らないかといえば
      前述のように、死を経験することは
      できないからだ

      だが目の前ではバッタバッタと
      人や動物が死んでいく
      マインドは自他分離の中にあるから
      自分もそうなるのだと、恐怖に襲われる

      なぜ経験してもないことに
      恐れるのだろう?
      ここにマインドの欠陥がある

      あなたの日常で降りかかる恐れとは
      それと同じものだ

      >死が「背景」なら死は二元のものではないということで、
      >死はこの世の陰陽すべてを包み込むものとなりますよね。
      >自分さんは、生の対局にあるのは何だと思われますか?

      その通り
      死が背景であり
      つまり「大いなるもの」だ

      だが「死」を観念付ける時点で
      それは生の対極となる

      いいかい

      死に意味を与えないことだ
      するとあなたの言う通りとなる

      だが生に意味を与えるとき
      死は意味を持つ
      つまり二元の極となる

      超越とは、男と女、昼と夜、光と闇、
      それら一方に意味を与えないことで到達する

    • オレンジ より:

      自分さん
      ずっとずっと知りたいことがありました。
      でも、自分が何を知りたいのかさえも分からず
      いつも探していました。
      まず問いを探していました。
      自分に何を問えばいいのかも分からないような状態でした。
      自分さんのくれたコメントで、私がずっと探していたものが見えてきました。
      私は言葉のボキャブラリーなんかが豊富ではなく、うまく伝えられるか分かりませんが、こんな言葉を貰える日がくるとは思ってもいませんでした。
      人生をもう諦めていました。
      私にとって「男と女、昼と夜、光と闇」には
      意味があり、もちろん生と死を超越などできてなく
      死という文字を見るだけでも恐いという思いもまだあるのですが、人生で一番大切なことを学ばせてもらえたと思っています。
      衝撃過ぎて、脳が震えています 笑

    • -自分- 涅槃 より:

      オレンジさん

      くじ引きでアタリもハズレも
      それを体験してるあなたがいるから
      どちらもアタリとなる

      二元を超えるとは
      そういうことだよ

      人生やスピリチュアルで
      多くのことを学ぶだろう
      だが学びは最後には捨てなさい
      そうして二元を超えるとき
      すべてがあなたとなる

  3. 普通さん より:

    ここが「死後の世界」なのだ…。
    ですがリアルすぎます。

    • 普通さん より:

      今は別に心地良くも悪くもなく少し湿気を感じて
      蒸し暑さ感じる程度ですけど…。

      苦痛や不快や恐怖を感じるなら
      世界が「無い」になったって。
      >>意識を失っているとき肉体的な感覚がない
      つまり街も人々も支払いも苦悩も
      何も生みだされていない<<
      こっちのほうが余程いいと思ってしまう。

    • 普通さん より:

      SFやコメディは見ても、あまりこっち系統は見ないのだけど
      音楽だけは最高で印象強い。
      ttps://www.youtube.com/watch?v=Gu1CeCD8_8g

      こっちは温かくて顔が自然にほころびます。胸がほんわか満たされる。
      ttp://videotopics.yahoo.co.jp/videolist/official/animal_pet/pfac044ad75c3283ff2c4bf7f0ba54cba

      どっちの映像もハートに響く。どっちも「私の見てる映像」

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