時間という幻想を見破る

あなたが主観的に生きるとき
時間はその存在意義を失う
あなた自体が「時間」となるからだ
あなたの「いま」が数値として表示されること
それが時間の扱いとなる

あなたが主観的に生きたとき
いわば世界を旅するプレイヤーだ
そのプレイヤーの視点では
あなただけが絶対的な存在であり
あなた以外のすべて、
つまり出来事や他人など
何もかもがシーンの単なる構成要素になる

金持ちになろうが貧乏になろうが
恋愛しようが失恋しようが
プレイヤーは「ただ体験しているだけ」となる
つまりプレイヤー自身に何の影響も及ぼさない

主観的に生きるとは
意識的であるということだ
あなたがひとりのプレイヤーとして
世界を見たとき
視界も音もぐっとその鮮烈さが増す
それは体感できることだから察知しやすいだろう
全身から何かが溶けて流れ落ちていくような
そんな感覚があれば尚良しだ
視界は明るく鮮明
音に意識を向ければ
あなたが音になっている
視界のモヤが取れた感じ
それが「目覚め」だよ

「あなたが世界を冒険する」

この言葉から入りなさい

 


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