世界に龍が飛び回る

以前この手記を書いた
心の対話
また後で読んでほしい

さて、あなたは猫が好きかね
それとも不気味かね

「世界は幻想である」と、
スピリチュアルではいわれる

だが勘違いしてはならないのは
世界という定義自体が
あなたのマインドから
抜け出ていないということだ

つまり世界が幻想なのではなく
幻想なのはあなたの
捉え方のほうなのだよ

真の世界とはどういうものか
今回はそこを掘り下げていこう

 

世界はあなたの認識上に成立する

猫が好きな人
猫が嫌いな人
それだけで世界は違う

探せばゴキブリと
添い寝をする人だっている
彼にとっては可愛いペット
あなたは違う
虫一匹で緊張感に包まれるかもしれない

じゃあ世界とはなんだ?

察知することで
世界を認識するという性質上
「察知」は枠内でのやり方となる
それを超えることはできる
だが超えているときに自覚はない

熟睡、死、たったいま忘れていること、
それらは「認識」の外側だから
あなたというフィルターを
介していない状態だ

熟睡をいま再現することはできない
それを起こす何の痕跡もないからだ
だがね「何の痕跡もない」自体を
捕まえることはできる

誰かがあなたをバカにする
あなたは彼の言った言葉を受け取り
その内容を吟味してから腹が立つ

そうではなくこうだ
その誰かの音声情報を翻訳するのではなく
「なにか音が聞こえる」とだけに留まるとき
あなたは「熟睡」を捕まえることができる

いまやってごらん

熟睡を作り出すのだよ
それはもちろんイメージだ
あなたの解釈という嘘っぱちだ
だがそれは翻訳をすれば
そうであるということであり
ただその感覚だけを捕まえれば
それは真実なのだよ

「月をさす指は月ではない」というように
感覚を言葉に表現するなどして形にすれば
必ず「翻訳」されてしまう

数万年前の石盤がありなにやら
文字のようなものが刻まれているとする
真実とは、そこにそれがあるだけであり
「文字のようなもの」を察知している時点で
もうあなたの世界だ
そして文字を翻訳しようとする
その内容に一喜一憂、
いつものパターンだね

 

指は5本?6本?

熟睡を感覚として捉えてみなさい

例えば、
「熟睡‥う〜ん、頭の後ろに
膜があるような感じかなあ」

それでいい

それがあなたなりの解釈だ
無論その言葉的な表現は真実ではない
つまり月をさす指
それがあなたの「熟睡」だよ

さす指自体は、真の世界を示さず
あなただけの
世界の構築要素となっているもの
真実ではない、ということはね
嘘(幻)なのだ

つまりあなたの見ているものや
感じているもの
それらは全部ニセモノなのだよ
どんなポジティブなこともネガティブも
美しい光景の「美しい」という感覚も
愛も感動も喜びも笑いも
いまのところあなたが感じているものは
そう思いたかっただけの結果だ

理由付けを超えたところに真実があるが
それは「こうだからこう」
というものではない
あなたが受け取る時点で必ず変換される

ではホンモノとは何かといえば
そんなものはない
ニセモノであるがゆえに
別のニセモノに
作り替えることができるということだ

猫や虫の話をしたが
甘いものも同じ
色も同じ
形も同じ

すべてあなたにとって、
当たり前のものは全部嘘なのだよ

四角も円も
あなたの知っているそれと
隣の人の知っているそれは
まったく違う

「指が5本ありますね」と
手を広げて先生はいう
そこにいる生徒たちは自分の手を見て
「そうですね」という

だがあなたの「5」は
隣の生徒の「6」かもしれない
先生が手のひらを見せたとき
あなたは5本の指が見えている
先生は5本と言った
隣の生徒もそれは同じ

だがあなたが隣の生徒の「世界」に入ったとき
どうみてもそれは「6本」だ

 

熟睡の正体

世界は幻想である
それは「あなたの世界が幻想」
だということ

逆にいえばあなたが世界を
いくらでも変えていけるということだ
戦争のど真ん中で
ハッピネスを生み出すことも容易い
逆に平和な日々に地獄を歩くのも簡単だ

スピリチュアルにしろ宗教にしろ
「あなたが変われば全部変わる」
と伝えている

誰かはあなたをバカにしたのではない
だがあなたはバカにされたとする
誰かは猫が嫌いで
虫となら添い寝できるという
あなたはケーキは甘くて好きだという
俳優の誰々のことは好きで、
誰々には興味がないという

好き嫌い、価値観、判断
それがマーヤ(幻想)と呼ばれるもの

熟睡に話を戻すが
あなたの意思表示がまったくない状態
マインドのスイッチがオフ
それは毎晩繰り返しているが
では熟睡のとき世界はあるのだろうか?

浅い眠りのときに見る夢は
体は眠っているがマインドがオフに
なっていないときに起こる

好き嫌い、価値観、判断
それは日中と同じ性質のものだ
つまり日中も夢(マーヤ)であることがわかる

では熟睡のときとは何だろう?
自らの意識が察知できないから
その世界を感じ取ることができない?

いやいやそうじゃない

世界を作り出していないときが
熟睡なのだよ

たったいま、完全に忘れていること
それも同じ
死も同じ

 

空も飛べるし死者とも話せる

いつもあなたは世界の中に
自分がいるとしている
そうではなく
あなたの中に世界があるのだ

つまりマーヤこそが
あなたのステージであり
自ら作り出しているものだから
いくらでも変えることができる

ほうきに跨がって空を飛ぶこともできる

あなたの常識が
どこに向いているかだけの違いなのだ
虫が怖くてたまらない人が
虫と寝ている人を理解できないということ

「できない」とはあなたの制限だ
制限とは思い込み、常識、
高層ビルから飛び降りたら死ぬ、とすれば
実際そうなる
死なないとすれば、
実際そうなる
あなたがそうならば、そうなのだ

冒頭に書いた「心の対話」だが
なぜ返答が返ってくるのかといえば
そもそもその人は実在せず
あなたが作り出したものだったからだ
だからあなたが問いかけを言い切る前に
すでに返答が戻ってくる
頭を空にしてただ呼吸をするように
問いかけてみなさい
瞬時に返事が来る

 

あなたが
「何だか知らないが幸せだ」と生きれば
それが常識として染み込むほど
世界はそのようになっていく

 

幼児が作り出す世界

人は大人になると人間関係やら経済問題やらで
世界がどんどん色褪せていく
それも常識として染めているのだよ

幼児は光熱費の支払いについて考えない
そんな常識は持っていない
なのに、彼らは成長していく
経済力など皆無の彼らがなぜ生きているのか

そう、世界がサポートしているからだ

世界とは当人のこと
幼児にとって「そこにいること」が
ただあるがままなゆえ
大人のあなたと同じ難問は存在しない
光熱費は熟睡の遥か彼方
忘却の次元
つまり「光熱費」を
世界に作り出していないだけのことなのだ

 

あるがままに感じ取る

思考が現実化するのではなく
現実が心の姿そのものだ

心の姿が現実を生み出しているのに
その現実の中で
「思考は現実化する!」などと言っても
単なる堂々巡りをしているに過ぎない

そりゃそうだろう、としかいえない
水中のバケツは満杯だった、
と言っているようなもの

あなたというフィルター、
という表現を書いたが
実際はフィルター(濾過)というよりも
それが生成機だ

そこに指が5本か6本の手があるのではなく
何もないのだよ
5も6もあなたが生成している

物質的な例え話にすると
いつも流れているエネルギーがある
オーロラでも川の流れのようなものでも
何でもいい
だがそれは目には見えないし形もない

そのエネルギーを
あなたが好きなように見ているだけなのだよ

つまり小鳥のさえずりも、道ばたの犬の糞も
同じものだということだ
どちらに受け取るのか
それがマインドの仕事

だからエネルギーをそのまま
感じられるようになりなさい

 

思考をやめる

すべての出来事、インスピレーション、
シンクロニシティ
それらはあなたが余計な生成をせず
まったく無知であることで
勢いよく流れ出す
つまり純度の高い状態で起こってくる

自然は必ず循環する
あなたも同じ
自然現象に幸福も不幸もなく
ただ循環していること
それが喜びなのだ

あなたがそこに到達するとき
完全に満たされる

いまから1分後に起こること
あなたの体の動きでもいい
言い当てることはできないのだ

すべてはあなたを超えたところから
やってくるのだよ
それをそのまま流していきなさい

脳は考えることしかできない
それは「行動」を起こせないということだ
じゃあ行動はどうして起こる?
人は死んでも髪や爪は伸び続ける

あなたが「指よ動け」と
念じたところで指は動かない
思考など屁の役にも立たない
では実際に指が動いているとき
何か起こっているのだろう?

肉体に宿る知性を信じてあげなさい

あなたの思考を超えたところから
すべては「起こる」のだよ
純粋に起こるのだ

ボディ(肉体)とソウル(魂)
それらがひとつになるとき
あなたという憑依は消え
笑いと嬉しさと喜び
エネルギーの本来の性質が
龍のように世界を飛び回り始める

世界があなたを
サポートしてくれているように
感じ出すだろう
もともとそうなのだよ
あなたがそうとしていなかったのだ

花は移動せずただ咲き誇り
動物は発明をしない
幼児は支払いをしない
それでも生きていける

何を怖がっていたのかね
そんな必要はなかったのだよ

 

この記事を保存・共有できます。

Notes , , , , , , ,

コメント・質疑応答

会員記事のコメントは記事上ではログインしないと表示されません。
会員の方はユーザー名が入ってしまうので別名を希望の方はこちらで申請してください。
連続投稿する場合は「自分の最初のコメントに返信」してください。
記事に無関係なコメントは禁止です。良識の範囲内でご利用ください。
業者からのスパム広告を防止するシステムを採用しています。短期間内に連続投稿をするとシステムにスパム登録されてしまい一切の投稿ができなくなりますのでご注意ください。

  1. 困ったさん より:

    昨日、兄弟の結婚式でした。
    親戚一同と式場のホテルに1泊したのですが。まず式場に出かける前、googleが春分の日で花とミツバチだな・・・となんとなく思いました。

    結婚式ですので当然、花に囲まれました。植物の花だけでなく従兄弟の幼い可愛い華やら。
    色々、複雑な想いのある身内の結婚式で少し疲れたのですがホテルでゆっくり休もうとした時、本が置いてるがあるのに気がつきました。
    ヨハネの福音書と仏教の聖典。
    釈迦の生き方、般若心境の教えについて英語と優しい日本語で書かれてました。映画チャンネルビデオ三昧するつもりだったのですがカード購入が勿体無く読書して寝ました。
    全ては読んでないけれど悟りが主題でした。まさか今日のような日に、このホテルで、ここにこの本かと思うと感慨深いです。親戚の泊まってた部屋には置いてなかったようです。

    だけど現実というマインドの檻は強固です。誰かの話す言語を音として聞き流すことはよくあるけれど「聞いてないの?」と叱られることもシバシバです。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>困ったさん

      奇遇だ
      私はその日、身内の葬儀だった
      そしてホテルの部屋での仏典
      どうやらあなたは踏み込んでいるようだね

      いや、誰もが常にそうなのだが
      あなたのように「?」と気が付くことがなく
      そのまま過ぎ去ってしまう

      その感慨深さ
      忘れないようにしなさい

      伝えておくが
      いまその瞬間も明日もその先もずっと
      シンクロニシティの連続が起こる

      それを受け入れたとき
      あなたのマインドは崩れ去るだろう
      そんなものは何の力もなかったのだとね

      すべては起こるがままに起こるだけだよ

  2. りお より:

    自分さん、こんにちは
    いつもありがとうございます

    相変わらず今に在ることがヘタなので、少し前から音を聴く瞑想を始めました
    座って目を閉じて、主に時計の音を聴いているのですが、いつも身体が振動するし(床ごと揺れているような不思議な揺れ方)、温風や冷風を顔面に感じます
    これがエネルギーでしょうか
    自分に合っているのかどうなのか、すでに2度も発熱しています(好転反応かもしれないし、ただの風邪かもしれませんが)
    様子をみながら続けたいです

    >ほうきに跨がって空を飛ぶこともできる
    >あなたの常識がどこに向いているかだけの違いなのだ
    >あなたがそうならば、そうなのだ

    いつも自分さんが仰る「あなたがそうならば、そうなのだ」についてですが、
    これはどの範囲まで該当するんだろう、と、いつも疑問に思っていました

    引力の法則も、自分が常識としているからあるということなんでしょうか
    (それとも、引力があることに変わりはなく、ほうき、或いは自分の肉体に対する常識を書き換えれば空を飛べる、ということなんでしょうか?)

    「あなたがそうならば、そうなのだ」に該当しないのは、「自然(エネルギー)は必ず循環する」という法則だけなんでしょうか

    わかりにくい質問の仕方ですみません

    でも・・・、質問しておいてなんですが、
    自分さんからどんなお返事を頂いたとしても、
    私は多分、そのお話を信じてしまいそうで

    そうなってくると、「自分さんが仰ってるんだから、そうなのだ」が、私の世界で発動してしまうことになって・・・
    結局見分けがつかないような

    えっと 
    昼間からわけのわからないことを言ってスミマセン 笑

    • 自分 -涅槃- より:

      >>りおさん

      あなたはまた頭の計算機が働いているね
      いいことを教えてあげよう

      あなたはいまそこにいるね?
      部屋にいるなら窓はあるかな
      あれば外を見なさい
      その風景がある
      隣の家の壁かもしれないし
      人々や鳥たちが見えるかもしれない

      そしてそこに空気があるね?
      気温も感じる
      どこからか音も聞こえてくる
      外の音や、家の中の物音

      外にいても同じ
      そこに何がある?
      数えられる範囲でいいから
      順番に観ていきなさい

      地面があって
      靴を履いていて
      顔を上げれば風景がある
      音も聞こえる
      少し空腹かな?
      つまり空腹感もそこにあるようだ

      さていいかい
      あなたはその身体ひとつの存在ではないのだよ
      常に周囲に依存して存在している
      つまりあなたと周囲との境界線などなく
      常に移り変わる周囲の状態、
      それを諸行無常ともいうが
      その変化している様子こそが
      あなた自身なのだ

      難しいかもしれないから
      簡単に言えば

      あなたが関わっているものと
      そしてあなたの身体、
      そのすべてでひとつだ
      空腹感も
      窓の外の風景も、もちろん窓もね

      あなたは「私が窓を見た」と考えるが
      そうじゃない

      あなたと窓は
      その場において
      ひとつの存在なのだよ

      この真実を前提に受け入れなさい
      あなたが空を飛べるとき
      あなただけが飛ぶのではない
      世界ごと、飛んでいるのだ

  3. より:

    初めまして
    お世話になっております。

    過去記事から読ませていただき、理解を自分の中に落とし込む事でとても生きやすくなってきました。
    「私」に憑依される事が少なくなってきたのだと思います。
    ありがとうございます。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>秀さん
      はじめまして

      ひとつ簡単な扉の開け方がある
      教えてあげよう

      あなたの見解とまったく逆の生き方をするのだよ
      ただそれだけでいい
      見解とはエゴの産物だ
      つまりそれが呪いであり
      あなたを苦しめている

      何の意味がある?
      そう思ってやらなかったことがあるなら
      やりなさい
      つまり意味のないことをすればいい

      人生の無駄に感じるかね?
      遠回りに感じるかね?

      一体何の話だい?
      あなたはどこへ向かおうとしているかね

      そうして世界のすべてを味わいなさい
      いずれあなたは
      喜んでいない日が”ない”ことに気が付くだろう

    • より:

      自分様
      コメントありがとうございます。

      「見解と逆の生き方」をする。
      「え?」と一瞬ですが思考が止まりました。確かにずっと自分の見解を通して生きてきましたから。それが自分の苦しみになっていたとは衝撃的ですし、確かにそうです!低め安定な人生にも飽きがきていたところです。新しい扉を開いてみます。

    • 自分 -涅槃- より:

      >>秀さん
      マインド、
      つまり思考に支配されないように生きなさい

      一度ゆっくり考えてみるといい
      思考を捨てて生きたらどうなるのか、とね

      あなたの意思表現のない世界
      それでも世界は回る
      あなたが「いなくとも」世界は回る
      そこにあなたがいる

      それは一体どういうことなのだろう?
      あなたを苦しめているものは何なのだろう?

      次へ進むとは
      もう進まない、ということだよ

  4. ムトウ より:

    私がベッドで涙流しながら、困った〜困った〜言ってたら涅槃の書に困ったさんがあらわれて、自分さんが困っているのではなく困ったことにしているのだと言っていた事を思い出しました。

    • -自分- 涅槃 より:

      ムトウさん

      楽しいコメントだね、その通りだ。すべてはあなたの体験の中に起きている。

      私も彼女も実在はしない。無論このコメントをkomattaさんが読んだら反論するだろうがね。それは当然だ。彼女の体験の中に私とムトウさんが表現されているからだ。

      だが、体験者自身も表面的な意味では存在しないのだよ。存在するとは、そこで起きている「起こり」がピュアに表現されるということだ。あなたのコメントから受け取れる通り、シンクロニシティは時間を超えている。

      あなたが「〜思い出しました」という過去の出来事を、いま起きているものとして感じてみることだ。つまり「いま思い出している」だ。

      するとあなたは時間を超えられる。すべてはいま起きていることが理解できるようになる。

      それができると、あなたはベッドで悔やむこともなくなるし、悲しいこともストレートに受け止められるようになる。

  5. この理屈でいけば より:

    >>あなたが空を飛べるとき
    あなただけが飛ぶのではない
    世界ごと、飛んでいるのだ<<

    九州の豪雨もEUの話ももううんざり。
    私が悟れば皆、悟り
    私が進化すれば皆、進化する理屈ですが…。

    大人しく祈るつもりが、ありえない
    変化が激しすぎて気持ちが落ち着きません。

コメント・質疑応答

  関連記事