あなたが踊るのだ

今日は何を探しにいった?
相変わらず外側に求め続けたのかな
何度繰り返しても結果は同じだ
あなたが欲しいものは違う場所にある

他人から自分がどう見えているか
他人から自分がどう思われているか
そればかり

あなたは自分が誰であるかなんて
考えもしない
街を歩いていても
コンビニで金を払うときも
会社、家庭、交友
あなたの生活はすべて
他人にどう見られているかだ
そのマナー、エチケット
対応、反応、微笑み、
何もかもあなたは他人を意識している
あなたは他人に「自分が誰か」を
決めてもらっているかのようだ

他人に「私は誰だ」と聞いてみなさい
マハルシも大笑いだろう

あなたの探す場所は外じゃない
内側だ

他人に素敵に見られている
そんなことを達成しても
あなた自身は素敵にならない

他人に幸せそうに見られている
そんなことを達成しても
あなた自身は幸せにならない

「あなた」が素敵になり
「あなた」が幸せになるのだよ

人の行き交う大通りで
あなたは他者の目を気にする
一度それを捨ててみなさい
「自分が歩いている」
そちらに意識を置いてみなさい
そうしない限りあなたは他者に
永遠に歩かされ続ける

主観の世界で生きるのだ
あなたが懐中電灯
あなたが世界を照らすのだよ

他人に良い印象を与えるためのすべて
例えば愛想笑いなんてやめるべきだ
それをするとき
あなたは自分を見失っている
笑いたいときに笑う
笑う必要もないときに笑わない

電車で気になる人がいても
見たら相手が気分を害するんじゃないか?
自分が変な人だと思われるんじゃないか?
だからあなたは見ない
そうして世界の主権をまた手放している
見たいときは見るのだ

あなたが歩き
あなたが笑い
あなたが見る
あなたが幸せになり
あなたが素敵になるのだ

他人からどう見えようが
どうでもいい
他人に評価を乞うなんて
愚の骨頂

鏡を叩き割りなさい
他人などあなたの広大な世界のシミのようなもの
あなたが世界の真ん中で踊るのだよ

好きなように
やりたいように
徹底的にやってしまえ

ただし「あなた一人で」だ

街であなたが人々との関連性を切って
つまり他人という心の鏡を見ずに
己から世界に動き出すとき
自由の意味を知るだろう

何をやっても完全燃焼できる
幸福の方から祝福される
それが本当の「生き方」だ
常に強烈で在りなさい

 


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  1. 匿名 より:

    他人の目…

    存在しないはずのものなのに
    自ら作りだし、そしてそれに苦しんでしまう。

    常に目を意識して生活しています。
    自分が思考に飲まれている瞬間もマジマジと感じますし、他人に囚われている瞬間も凄くわかります。

    言いたい事も、とりたい行動も、全部僕の中の他人の反応が抑えつけている。

    毎日そうです。
    僕がそうだからなのか分かりませんが、
    僕の今出会う人々は同じように他者に囚われている人達です。
    誰一人として自分から言葉を発する人がいません。
    しかし幼い頃の友人に会うと彼は他者の評価など気にせず言いたい事を言います。

    僕も昔はこうだったのか…と感じます。
    だから彼が僕の世界にいた。

    自分が歩き自分が話す。

    子供の頃は誰でもできていた事が大人になるにつれて出来なくなってしまう。

    やはり他人の目は記憶ですね

  2. 人間 より:

    こんばんは自分さん。私にはこの記事が最も理解できないです。私は長いことサッカーをやっておりプロになると意気込みやれることはすべてやったのですがその中で一番の障壁は記事にあるよるにどう思われるかという思考でした。練習も試合も成長もサッカーへの無垢な情熱でなく比較の中でアイデンティティを獲得しようという思いから行っていたのでまさに苦悩だらけでした。私はの人生はそのくだらないテーマに邪魔をされていることをよく感じています。スキルにおいては十分でしたがその心理からプレーにムラがでるタイプでしたw
    それを何度も様々なアプローチから克服又コントールしようと試みているのですが未だに成されません。
    道理は理解しているつもりですが実際に比較の土俵から
    出る手段がわからないです。
    何かヒントがあればよろしくお願いします!

    • 涅槃の書-自分 より:

      人間さん

      >実際に比較の土俵から出る手段がわからないです。

      よい質問だ。このように返答してみるよ。

      たとえばあなたが「サッカーの勝ち方を教えてくれ」と訪ねてきても、私は勝ち方など教えない。そんなことをしても、負かされる恐怖に脅かされるだけだからだ。

      その代わり「あなたはサッカーをしているよ」という事実を私は教える。

      つまりあなたはサッカーの勝ち方を求めることに夢中になっていて、自分がサッカーを”している”ということに気づいていない。

      「そんなことわかってますよ」というなら、どうして勝つこと(人に認められるプレイをすること)が目的となるのか。勝つことが目的であるということは、サッカーそれ自体を恐れているということだ。次は負けるかもしれない。散々な目にあうかもしれない。

      それは本当にサッカーをしているのかな?

      たとえばプロの選手が好成績を残すのは、サッカーそのものを愛しているからだ。成績は単にその足跡であり、目的としているものではない。

      もし成績を目的とするならば、熾烈な競争のなかで、すぐに精神的に参ってしまうだろう。追い詰められている選手は常にその恐怖に陥っている。好プレーを見せつける以外にどうして自分は生き残れるのか、”そのため”には必死にトレーニングしなきゃならない。

      だがもし彼が以前のあり方を思い出すとき、何の切迫感も持たずに成績を取り戻すことになる。間違えてはならないよ。急に実力が上がるということではなく、その意識の転換によって「勝つ」という意味範囲が大きく変わる。

      つまり以前の理解では絶対的な条件だった「成績」や「勝ち負け」は重要ではなくなる。

      そうして重要でなくなるとき、あなたは楽しむためにサッカーをするだろう。楽しめるのはあなたが他人の目に踊らされていないからだ。ようやくまともにドリブルができるようになる。あなたが自ら踊らなくてはならない。

      あとひとつアドバイスを入れておくよ。

      サッカー歴が長いということだから気づいているかもしれないが、たとえば意識的にドリブルをすると動きが鈍くなる。

      意識上に動作を持ち上げるということは、常に遅延や処理のロスを抱えることになる。言いかえれば、己が割り込む余地が一切なく、流れと一体であるゆえに側から見れば超人的な処理をしているようになる。

      それが無意識の領域であり、スポーツ選手であれ、ピアニストであれ、本番中はただ己の自動的な動作を眺めているだけ、自らは何も行為しようとしていない。それをやろうとすると途端にギクシャクしてしまう。

      昔覚えたフレーズを楽器で弾こうとするとき、指が覚えたままに自然に任せると、頭で思い出そうとするよりスルスルと引き出される。

      つまり意識が何かを判断したりするまえに、もうすでにわかっていたりそれを行為しているのだ。

      車の運転を例にあげるとわかりやすいね。

      誰であれ、アクセルやブレーキ、ハンドル、ウインカー、そしてミラーの確認をリアルタイムで行いながら目的地のルートを考えていたり同乗者と会話したり音楽を口ずさんでいる。

      それでも実際日本の交通事故件数(たとえば軽微なものを含めるなら平成27年度なら1日あたり1635件)の比較にならないほどの数の車が毎日「無事故」で走行しているわけだ。

      車を運転する人はこれまで何度かひやりとした瞬間を経験があるかもしれないが、気づいたときにはすでに回避動作に入っている。

      つまり意識に上るまえに体は反応しているわけだね。

      あなたが無意識に体を任せられるようになるならば、気づいたときにはすでに良いプレーをしているだろう。そのための日頃の訓練なのだよ。無意識(潜在意識)に刻み付けるためのね。

      まして無意識であるのだから、他人の目などまったく気にしていることもない。

    • 人間 より:

      返信ありがとうございます。
      ここでのサッカーとは他の記事でいう野球だとか箱庭
      なのでしょうか。だとしだらこれらはサッカーという狭義なことでなく人生の全てへの事になりますね。
      まだ余りピンとこないようなので何度も読まさせていだきます。
      他の記事にあったように自分が自分らしくあるとはどおいうことか探求することが今の私には必要に思います。
      この思考は外的な反応って奴ですかね。
      まあそこを含め良く探ってみます!
      ありがとうございました。

    • 涅槃の書-自分 より:

      人間さん

      >人生の全てへの事になりますね。

      その通りだ。もう少し解体してみれば、あなたが人生で体験している様々なことは、本当はただひとつのことだけをやっているということだ。

      もしあなたがサッカーにしろ、仕事にしろ、日常生活や恋愛にしても、それらが実は「同じひとつのことをやっているんだ」と気づいたならば、すべてがうまくいくようになる。

      なぜなら、複雑に思える現実世界とは表面としてみえているものにすぎないのであって、その源流にあるものは、いまあなたが何も考えずとも呼吸や心臓が鼓動しているように、とてもシンプルなものであるからだ。

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